企業が株式上場(IPO)を目指す過程において、労務デューデリジェンス(以下、労務DD)は極めて重要なプロセスです。
IPO準備では、財務や法務の調査が注目されがちですが、実際には労務管理に関する不備が上場審査や投資家からの評価に直接的な影響を及ぼすケースも少なくありません。
本記事では、IPO準備における労務DDの必要性、実施のタイミング、チェック項目、具体的な流れ、依頼可能な専門家や費用相場、さらに注意点に至るまで、体系的に解説いたします。
IPOを志向する経営者や人事労務担当者にとって、実務上の道標となることを目指しています。
労務デューデリジェンスとは
労務デューデリジェンスとは、企業が行う労務管理やコンプライアンス体制を多角的に調べ、将来的に問題となり得るリスクを特定する取り組みをいいます。
具体的な調査対象は、労働時間の管理、賃金や各種手当の支給、社会保険加入の適正性、雇用契約や就業規則の整備、ハラスメント防止体制、安全衛生管理体制など多方面にわたります。
IPOにおける重要性
IPOにおける労務デューデリジェンスの重要性について解説します。
上場審査における労務コンプライアンスの重要性
証券取引所の上場審査では、労働法令遵守状況が厳格に確認されます。
未払い残業代や違法な解雇事例が判明すれば、企業の社会的信用は大きく損なわれ、上場延期や中止のリスクさえ生じます。
内部統制構築の基盤
労務管理は内部統制の一部であり、ガバナンス体制の整備に直結します。
適切な人事労務体制は、IPO後のコンプライアンス違反リスクを軽減します。
IPO後の企業価値向上への貢献
労務DDを通じて課題を事前に是正しておくことは、上場後の訴訟リスクや労働紛争の防止に資するため、結果として企業価値向上に寄与します。
投資家からの信頼獲得
ESG投資が重視される現在、労務リスクを適切に管理する企業は、投資家に対して高い評価を得やすい状況にあります。
IPOに向けた労務デューデリジェンスはどのタイミングで実施すべきか
労務DDは、IPO準備全体のスケジュールの中で一般的にはN-3期(上場3年前)から着手することが望ましいとされていますが、実際にはN-4期から準備を開始しても決して早すぎることはありません。
初期段階で調査を進めることで、是正に必要な十分な時間を確保できるとともに、監査法人や証券会社との協議にも円滑に対応できます。
財務・法務デューデリジェンスと同時期に行われることが多いものの、労務分野は改善に一定の時間を要するため、可能な限り早期の実施が不可欠です。
POにおける労務デューデリジェンスで主にチェックされる項目
労働時間管理の適正性
- 未払い残業代リスク(固定残業代制度の有効性、管理監督者の定義の適法性、裁量労働制の妥当性)
- 36協定の締結・運用状況および特別条項の濫用有無
- タイムカード、PCログ、入退館記録等による客観的な労働時間管理の実施状況
- フレックスタイム制、変形労働時間制、シフト勤務の適法な運用
- 休日労働・深夜労働に関する割増賃金の正確な支払い
- 管理監督者・みなし労働時間制度の該当者区分の適正性
- 残業命令・休日出勤命令の権限と運用ルールの明確性
賃金手当の適法性
- 最低賃金法および労働基準法に基づく賃金支払の遵守状況
- 賃金規程の整備状況と運用実態の一致性
- 基本給、諸手当(役職手当、住宅手当、家族手当、資格手当等)の基準の明確性と合理性
- 時間外割増・休日割増・深夜割増の正確な支払い状況
- 賞与・退職金の算定基準と過去の支給実績の整合性
- 賃金台帳・給与明細の記載事項の適法性
- パート・有期雇用労働者の均等待遇・均衡待遇の確保状況
就業規則等の整備状況
- 労働条件通知書・雇用契約書における労働条件明示義務の履行状況
- 就業規則の届出・周知義務の履行と規程内容の適法性(服務規律、懲戒、休職、退職規程、退職手当など)
- 試用期間の設定内容と延長運用の適法性
- 解雇・雇止めに関するルールの整備と実務の適合性
- 有期雇用契約の更新上限・無期転換ルールの遵守状況
- 副業・兼業規定の整備状況
- 外国人従業員の雇用契約と在留資格の整合性
- 出向契約・派遣契約における労働者保護対応
社会保険・労働保険の加入状況
- 健康保険・厚生年金保険への適正な加入(適用拡大対象者を含む)
- 雇用保険・労災保険の適正な適用
- 労働保険料・社会保険料の算定・納付状況の適正性
- 兼業・短時間労働者の加入可否判断の妥当性
- 労災発生時の保険給付手続きの適正性
ハラスメント対策の状況
- ハラスメント防止規程(セクハラ、パワハラ、マタハラ等)の整備と周知状況
- 相談窓口の設置と実効性ある運用体制
- ハラスメント相談対応の記録・是正措置の有無
- 経営層・管理職向けの研修実施状況
- 社内アンケートや従業員意識調査の実施有無
安全衛生管理体制
- 労働安全衛生法に基づく安全衛生管理体制の整備(安全管理者、衛生管理者、産業医、衛生委員会の設置)
- 健康診断の実施状況(法定健康診断、ストレスチェック)
- 労働災害の発生状況と再発防止策の策定・実行
- 長時間労働者への医師面接指導の実施有無
個人情報保護体制
- 従業員の個人情報管理に関する規程の整備
- 個人情報保護法に基づく利用目的の明示・安全管理措置
- 人事情報システムのアクセス制限や権限管理の状況
- 個人情報漏洩防止策(研修・誓約書・取扱規程など)の運用
- マイナンバー管理体制の適正性
労務デューデリジェンスの流れ
労務DDは一般的に以下の流れで進められます。
- 事前打合せ 調査範囲と重点項目を合意
- 資料収集 就業規則、雇用契約書、勤怠記録、賃金台帳等の収集
- 書面レビュー 法令違反や不備の有無を確認
- ヒアリング 人事労務担当者や経営層へのインタビュー
- リスク分析 潜在的リスクの抽出と評価
- 報告書作成 指摘事項、改善提案を含む報告書を提示
- 改善対応 是正措置の実行と再確認
労務デューデリジェンスを依頼できる専門家と費用相場
労務デューデリジェンスを依頼できる専門家と費用相場についてそれぞれ解説します。
労務デューデリジェンスの費用相場
一般的に、労務DDの費用は50万円〜200万円程度が相場です。
企業規模、従業員数、調査範囲により大きく変動します。
IPO準備企業では包括的な調査が求められるため、100万円を超えるケースも多く見られます。
依頼できる専門家
労務デューデリジェンスを依頼できる専門家についてご紹介します。
社労保険労務士
社会保険労務士は労務分野の専門家であり、労働法令や社会保険に関する調査・改善提案に強みを持ちます。
IPOに特化した労務DDにおいても実務的な支援が可能です。
弁護士
法的リスクが高い案件や労働紛争に直結するリスクの評価が必要な場合には、弁護士が関与することで、より強固なリーガルチェックが行えます。
社会保険労務士法人アウルスの労務デューデリジェンスサービスのご紹介
当法人では、IPO準備企業を中心に数多くの労務DDを実施してまいりました。
法令遵守の確認のみならず、内部統制やガバナンスの観点からも改善提案を行い、IPO審査を通過するための体制構築をサポートしております。
社会保険労務士法人アウルスの労務デューデリジェンスサービスについて詳しくはこちら
労務デューデリジェンスにおける注意点
調査範囲を明確にし、隠れたリスクを見落とさないようにする
労務DDでは、最初から調査項目を絞り込みすぎると、大きなリスクを取りこぼしてしまうおそれがあります。
したがって、当初に調査範囲を整理した上で、必要があれば追加の調査も行えるよう柔軟に対応することが不可欠です。
万が一問題が見つかった場合は迅速に対策を行う
未払い残業代や社会保険の未加入といった重大な不備が判明した際には、速やかに是正措置を実施することが不可欠です。
上場審査においては、過去の問題点が適切に是正されているかどうかが重視されるため、対応の迅速性がIPO実現の成否を左右します。
まとめ
IPOにおける労務デューデリジェンスは、単なるリスク洗い出しの手続きではなく、企業の持続的成長と投資家からの信頼獲得のための重要なプロセスです。
早期に実施し、専門家の助力を得ながら適切に是正対応を進めることで、IPO審査を円滑に進めるとともに、上場後の企業価値向上にもつながります。
労務管理の健全性は、まさに企業の「見えざる資産」といえるでしょう。
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監修者海蔵 親一
社会保険労務士・行政書士・社会福祉士
「経営者と同じ目線で考え、行動すること」をモットーに、現場に即した実効性のある支援を行っている。