事業が軌道に乗り、法人化を検討する段階になると、必ず向き合う必要が出てくるのが「社会保険」の問題です。
個人事業主として活動している間は、国民健康保険と国民年金に加入していれば特に行政から指摘を受けることも少なく、制度の違いを深く意識しないまま事業を続けられる場合が多くあります。
しかし、法人化した瞬間から社会保険への加入は“任意ではなく義務”へと変わります。
この「義務」である点を理解しないまま法人化してしまうと、後から遡及加入による大きな保険料負担や、助成金制度の利用不可、さらには行政指導など、さまざまな問題が生じる可能性があります。
本記事では、法人化と社会保険の仕組み、加入のメリット・デメリット、手続きの流れ、未加入によるリスク、そして専門家に依頼するメリットまで、経営者の方に必要な情報を整理してわかりやすく解説します。
法人化を予定している方だけでなく、すでに法人化しているものの社会保険への対応が不十分な方にも役立つ内容となっています。
法人化する場合、社会保険は加入義務がある
法人化した場合、会社の規模、事業内容、従業員数の有無に関係なく、健康保険・厚生年金への加入が義務づけられます。
例えば、「売上はまだ小さいから」「従業員は雇っていないから」といった理由で加入を先延ばしにすることはできません。
法人として登記された瞬間から適用事業所となり、社会保険を整備しなければならない立場になるためです。
年金事務所も法人登記情報を常に把握しており、未加入法人には順次加入指導を行う体制をとっています。
「知らなかった」「忙しかった」という理由は通用しないため、法人化したら速やかに社会保険対応を始める必要があります。
個人事業主との決定的な違い
個人事業主は、国民健康保険と国民年金に加入していれば問題なく活動できますが、社会保険(健康保険・厚生年金)に加入するかどうかは任意です。
この制度が、法人化すると一気に「強制加入」へと変わります。
この違いを理解していないまま法人化してしまう経営者も多く、結果として「法人だけど社会保険に入っていない」という状態が発生し、後から行政指導を受けるケースが後を絶ちません。
法人である以上、社会保険は避けて通ることができない制度です。
「一人社長」でも加入義務はある
「従業員はいないから」「社長一人の会社だから大丈夫」と考えるのは誤りです。
社会保険の強制加入の対象は、あくまで“法人そのもの”であり、人数に関係ありません。
役員である社長自身が報酬を受け取る以上、社長自身が被保険者となり、社会保険に加入する必要があります。
もし加入しないまま放置していると、後から年金事務所からの指導が入り、遡って保険料を請求される可能性があります。
数年分の保険料をまとめて支払うことになるケースもあり、資金繰りに深刻な影響を与えることがあります。
そもそも「社会保険」とは?
社会保険は、健康保険と厚生年金を中心とした公的な保障制度です。
病気・けがの療養費の軽減だけでなく、働けなくなったときの所得補償(傷病手当金)、出産時の所得補償(出産手当金)など、国民健康保険ではカバーしきれない保障を受けられることが大きな特徴です。
さらに、厚生年金は老後の受給額が国民年金よりも大幅に手厚くなり、経営者自身の将来の生活基盤を強固にする重要な仕組みです。
法人として事業を行う以上、社会保険は「企業の責任」として備えておくべき基盤であるといえます。
社会保険に加入する「メリット」と「デメリット」
メリット
厚生年金に加入すると、国民年金よりも将来の年金額が大幅に増える可能性があります。
国民年金は一律の金額ですが、厚生年金は現役時代の報酬に応じて給付額が決まるため、長く加入するほど老後の生活が安定します。
健康保険についても、単に医療費の負担軽減にとどまらず、傷病手当金や出産手当金など、国民健康保険では受けられない給付があります。
経営者自身が病気やけがで働けなくなった場合、これらの所得補償が大きな支えになります。
また、配偶者が会社の健康保険の扶養に入ることで、保険料負担なく保障を受けることができる点も、家計にとって大きなメリットです。
さらに、社会保険に加入している企業は、金融機関や取引先からの信用が高まります。
「社会保険完備」は求人票でも非常に重要なポイントであり、応募者の安心感につながります。
制度が整っている会社は人材が定着しやすく、企業としての成長にも直結します。
デメリット
最大のデメリットは、会社負担の保険料が発生することです。
社会保険料は会社と本人が折半して支払うため、役員報酬や給与額が高いほど会社負担も増加します。
創業初期でまだ利益が出ていない場合、負担が重いと感じる経営者も多いでしょう。
しかし、この負担は「未来への投資」として考えることが重要です。
社会保険を整備することで従業員満足度が上がり、優秀な求職者から選ばれる企業になるなど、中長期的にはメリットの方が大きくなる傾向があります。
法人化に伴う社会保険の「手続き」と「期限」
手続きの期限
法人設立日がそのまま社会保険の適用開始日となります。
適用開始日から5日以内に必要書類を提出することが求められており、期限を守らないと後から遡及加入となり、まとめて保険料を支払う必要が生じることもあります。
最悪の場合、行政からの指摘や調査へと発展することもあります。
提出先
手続きは、法人所在地を管轄する年金事務所に提出します。
現在は電子申請が進んでおり、インターネット上で手続きを完結させることもできます。
ただし、電子申請にも事前準備が必要で、設定や操作が分かりにくい場面も多いため、初めての場合は戸惑う可能性があります。
必要な書類一覧
新規適用届、被保険者資格取得届、登記事項証明書、賃金台帳、出勤簿、役員報酬決定書などが必要になります。
とくに報酬額は標準報酬月額の決定に大きく関係するため、保険料負担の見通しを立てながら慎重に設定する必要があります。
要注意!社会保険に「未加入」の場合の重大リスク
社会保険への適正な加入は、法令遵守の基本です。
しかし、未加入を放置することは、単なる「ルール違反」ではなく、企業の存続と成長そのものを脅かす重大なリスクとなります。
年金事務所による「加入指導」や調査の対象になる
法人が社会保険に加入していない状態が続くと、年金事務所から「加入のご案内」や「調査通知」が届くことがあります。
調査では、登記情報だけでなく、給与台帳、賃金台帳、役員報酬の支払い状況など、企業の実態が細かく確認されます。
この段階で適切に対応せずに放置してしまうと、法令違反として扱われ、ペナルティの対象となる可能性があります。
遡及加入による負担増
未加入で放置していた期間が長ければ長いほど、遡って保険料を納める金額が増加します。
場合によっては数十万円から数百万円に及ぶケースもあり、急な支払いが資金繰りを圧迫することもあります。
遡及加入は「免れられない負担」であり、後から対応しようとすると経営へのダメージが大きくなるのが特徴です。
法人で社会保険未加入の場合、助成金の申請はできない
法人で社会保険に加入していない状態は「法令違反」であるため、その時点で助成金制度の申請要件を満たしていません。
多くの雇用関係助成金では、「社会保険に適正に加入していること」が申請の前提条件となっており、未加入の法人は申請そのものが受理されません。
「一部の助成金は個人事業主でも受けられるから…」と誤解するケースもありますが、法人は個人事業主とは法的扱いが異なります。
法人で未加入のままでは、制度の開始時点で門前払いとなってしまう仕組みです。
さらに、社会保険に加入していない企業は、求職者から「この会社は法令を守っていないのでは?」と不信感を持たれやすく、採用活動においても大きなマイナスとなります。
優秀な人材ほど制度の整った企業を選ぶ傾向があるため、人材確保の面でも企業成長の面でもリスクは無視できません。
法人化の社会保険手続きを社労士に任せるべき理由
法人設立に伴う社会保険の新規加入手続きは、企業の土台作りにおいて最も重要な作業の一つです。
この初期フェーズで社労士を活用することは、単なる事務代行ではなく、経営の安定と成長を加速させる戦略的な投資となります。
本業に集中できる
社会保険の手続きは専門用語が多く、提出先や提出期限、添付書類の内容など、初めての方には分かりづらいポイントが非常に多いです。
自分で調べながら進めると、想像以上に時間が奪われ、本業の業務に支障が出ることもあります。
社労士に依頼すれば、これらの煩雑な作業から解放され、経営者は本業に集中できます。
手続きの漏れ・ミスがなくなる
社会保険の手続きは、書類の記載方法や添付資料に細かい決まりが多く、初めて行う場合はミスが起こりやすい分野です。
提出期限を過ぎたり、記載内容に誤りがあったりすると、行政からの再提出依頼が発生したり、手続きが遅れる原因となります。
社労士であれば、こうしたミスを防ぎ、スムーズに手続きを完了させることができます。
役員報酬の最適な設定を相談できる
役員報酬は、税金だけでなく社会保険料や将来の年金額にも影響します。
例えば、報酬を低く設定すれば保険料負担は軽くなりますが、年金額も下がります。
逆に高く設定すれば保険料負担は増えるものの、老後の保障は手厚くなります。
こうしたバランスを考えながら最適な報酬設定を行うには専門的な知識が必要です。
社労士であれば、会社の状況や今後の見通しを踏まえたアドバイスが可能です。
将来の従業員雇用も安心
社会保険が整備されていない企業は、採用時に応募者から敬遠される傾向があります。
特に、若手人材ほど福利厚生の充実度を重視する傾向が強く、「社会保険完備」は応募判断の大きな基準になります。
法人化の段階から社会保険を整えておくことで、人材確保の面でも有利に働き、将来的な組織づくりをスムーズに進めることができます。
まとめ
法人化した場合、社会保険への加入は法律上の義務であり、加入しないまま放置すると遡及加入による負担増や行政指導、助成金申請ができないといった重大なリスクが生じます。
一方で、社会保険に加入することで、将来の年金や病気・出産時の所得補償といった保障が手厚くなるだけでなく、金融機関・取引先・求職者からの信用力向上にもつながり、企業の安定と成長を支える大きな力になります。
自分で手続きを行うのはハードルが高く、本業の負担にもなりがちです。
法人化を機に社会保険労務士に相談し、適切に制度を整えておくことで、安心して事業に専念できる環境づくりができます。
社会保険は企業経営の基盤であり、法人としての信頼を高める重要なステップです。
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監修者海蔵 親一
社会保険労務士・行政書士・社会福祉士
「経営者と同じ目線で考え、行動すること」をモットーに、現場に即した実効性のある支援を行っている。


















