「株式上場(IPO)を目指すなら、会計や法務の整備が最重要だ」と考えていませんか?もちろん、これらは欠かせない要素です。
しかし、実はもう一つ、上場審査を左右するほど重要なチェックポイントがあります。それが労務管理の適正化です。
特に、未払い残業代の問題は、IPO準備を進める企業にとって、致命的なリスクになり得ます。
過去の労働時間の積み重ねによって、その金額は億単位に膨らむことも珍しくありません。
もし上場審査の過程でこの問題が発覚すれば、最悪の場合、上場延期や審査中断といった事態にもなりかねません。
本記事では、IPOを目指す企業に向けて、「なぜ未払い残業代が致命的なリスクなのか」「どのようにリスクを可視化し、正確に計算し、対策を立てるべきか」を網羅的に解説します。
この記事を通じて、自社の労務リスクに真剣に向き合い、IPO準備を円滑に進めるための具体的な行動指針を得ることができると思います。
IPO準備における労務管理の重要性
企業がIPO(株式上場)を目指す際、会計や法務の整備は当然のことながら、労務管理の適正化も極めて重要な審査ポイントになります。
特に未払い残業代の問題は、IPO監査や上場審査の過程で必ずと言って良いほどチェックされる項目です。
労働基準法違反があるまま上場準備を進めてしまうと、最悪の場合、上場延期や審査の中断に至るリスクがあります。
また、未払い残業代は、過去の労働時間の積み重ねによって多額になりやすく、突然の労使トラブルや労基署の是正勧告によって、想定外の支出を強いられる可能性があります。
さらに現代では、従業員の声がSNSや口コミサイトを通じて瞬時に社会に広まる時代です。労務管理の不備が外部に露見すれば、企業ブランドの毀損や採用力の低下にも直結します。
なぜIPO準備企業にとって未払い残業代対策が重要なのか?
IPO準備企業にとって未払い残業代対策が重要な5つ理由を解説します。
①監査法人からの厳しいチェック
IPOに向けた監査では、監査法人が労務コンプライアンスの状況を徹底的に確認します。
未払い残業代は、「簿外債務」として財務諸表に反映されていない隠れた負債と見なされ、正確な財務状況を把握するために厳しく精査されます。
過去5年に遡って賃金未払いの有無を確認され、仮に未払いが判明すれば、「引当金の計上」や「損失処理」を求められます。
これが利益の減少につながり、企業価値の評価にも直結します。
②訴訟リスクと損害賠償
未払い残業代が発覚すると、労働者側からの個別訴訟や労基署からの是正勧告が発生することがあります。
労働基準法に基づく残業代請求は、通常3年(最長5年)に遡って請求可能です。
実際の事例では、1人あたり数百万円規模の請求が発生することも珍しくなく、全従業員分となれば数千万円、場合によっては億単位の負債リスクとなります。
③企業ブランドイメージへの悪影響
労働問題が一度でも報道やSNSで拡散されれば、企業の信用は一気に低下します。
特にIPOを控えた企業にとっては、「働きやすい企業」「コンプライアンス重視の企業」というブランドイメージが、投資家や求職者からの信頼に直結します。
未払い残業代の問題は、「ブラック企業」のレッテルを貼られるリスクを抱えることになります。
④内部統制の不備として評価される
IPO審査では、企業のガバナンスや内部統制が適切に機能しているかが審査対象となります。
未払い残業代の存在は、単なる労働問題ではなく、「勤怠管理・労務管理の内部統制が不十分である」という評価につながります。
このことは、労務分野だけでなく、財務・法務・情報管理など全社的なガバナンスに疑問符が付けられる結果となります。
⑤上場審査での直接的なマイナス評価
証券取引所は、法令遵守の観点から労働法令違反がある企業に対しては非常に厳しい姿勢を取ります。
実際に未払い残業代問題が発覚したことで、上場が1年延期された事例や、最終的に対処しきれずに、上場を断念した企業も存在しています。
未払い残業代が発生する主なケースと対策
未払い残業代が発生するの主なケースを3つご紹介します。
1.着替えの時間
問題点
工場勤務、飲食業、医療・介護業界などで制服の着替えが義務付けられている場合、その時間は「労働時間」と判断されることが多いです。
防止策
- 就業規則に「更衣は労働時間に含む/含まない」を明確に記載。
- 実態として業務に直結している場合は、着替え時間も打刻対象とする。
- 更衣室にICカード打刻機を設置するなどの工夫。
2.昼休み
問題点
電話番や来客対応をしながらの昼休みは、「休憩」と認められず労働時間とされるケースが多いです。
防止策
- 昼休憩中は電話を自動応答に切り替える。
- 休憩の輪番制を敷き、完全な休憩時間を保障する。
- 勤怠システム上で休憩開始・終了の打刻を義務付ける。
3.朝礼・業務準備
問題点
始業前の朝礼や、パソコンの立ち上げ、店舗の開店準備などが労働時間に含まれていない事例が多数存在します。
防止策
- 朝礼は就業時間内に組み込む。
- 開店準備等は就業前ではなく、就業時間内で行うようシフト設計を見直す。
- 業務開始前の習慣的な労働を一掃するルール作り。
未払い残業代のリスクを可視化する方法
未払い残業代のリスクを可視化する方法についてご紹介します。
過去のデータ分析
- 勤怠管理システム、給与システムから過去2~3年分のデータを抽出。
- 所定労働時間と実労働時間の差異を検証。
- 割増賃金の支払漏れがないかを確認。
従業員ヒアリング
- サービス残業の有無を匿名アンケートで確認。
- 「昼休憩中の対応」「早出の指示」「終業後の作業」などを具体的に質問。
- 特定の部署や役職に偏りがないかも分析。
労務監査の実施
- 社会保険労務士や労働法務に強い弁護士による労務監査の実施。
- 就業規則、雇用契約、36協定、労働時間管理の一斉点検。
- 必要に応じて内部監査部門と連携を行う。
未払い残業代の計算方法
準備するもの
- 雇用契約書・労働条件通知書
- 就業規則
- タイムカード・出勤簿・シフト表
- 給与明細
- 関連する証拠資料(メール、ICカード履歴、業務日報)
①基礎賃金の算出
月給制の場合
基礎時給 = 月給 ÷ 月の所定労働時間(概ね160〜173時間)
例月給300,000円 → 所定労働時間170時間→ 基礎時給 = 1,764円 |
②残業時間の集計
- タイムカードや勤怠システムで労働時間を確認。
- 法定外労働、深夜労働、休日労働を区分する。
③割増率の確認
- 時間外労働 25倍
- 深夜労働 25倍追加
- 休日労働 35倍
④具体的な計算例
(ア) 基礎時給 1,764円
(イ) 時間外労働15時間 → 1,764 × 1.25 × 15 = 33,075円 (ウ) 深夜労働5時間 → 1,764 × 1.25 × 1.25 × 5 = 13,781円 (エ) 合計 46,856円 |
IPO監査で指摘されやすい未払い残業代のポイント
IPO監査で指摘されやすい未払い残業代のポイントについていくつかご紹介します。
- 勤怠管理の不備
→ 打刻漏れ、休憩時間の不適切な管理、労働時間の過少申告
- 割増賃金計算の誤り
→ 基本給以外の手当(住宅手当、資格手当)を除外しているケース
- 固定残業代の適正性
→ 規程や契約書が不十分、実態と乖離
- 過去の未払い精算の不備
→ 事前の精算がIPO監査での必須対応
未払い残業代を未然に防ぐための対策
最後に未払い残業代を未然に防ぐための対策についてご紹介します。
定期的な労務監査
- 年1~2回の労務監査を制度化。
- 労働基準法の改正にも即応体制を構築。
専門家との継続的な連携
- 社会保険労務士、労務弁護士を伴走パートナーに。
- IPO監査に耐えうる労務ガバナンス体制の構築。
人事・労務部門の強化
- 労務コンプライアンス教育の実施。
- 専任の労務管理担当者を配置。
- 勤怠管理システムや労務管理ソフトの導入。
まとめ
未払い残業代の問題は、IPO準備企業にとって単なる労務リスクではなく、企業価値を大きく左右する本質的な経営課題です。
労務コンプライアンスの徹底は、IPO実現のための「必須条件」であり、上場後の企業経営の信頼性の基盤でもあります。
自社の労務体制を今一度見直し、課題があれば迅速に是正すること。
これこそが、IPOを成功させるための最短かつ確実な道です。
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監修者海蔵 親一
社会保険労務士・行政書士・社会福祉士
「経営者と同じ目線で考え、行動すること」をモットーに、現場に即した実効性のある支援を行っている。